はじめに
「相続放棄を考えているけれど、葬儀費用は払ってしまった」「故人の口座から少し引き出してしまった」——こんなご相談を、相続のご相談を受ける中でよくいただきます。
実は、相続放棄をする前にうっかり相続財産に手を付けてしまうと、放棄が認められなくなる可能性のある行為があります。これを「みなし単純承認」(自動的に相続を承認したことにされる制度)といいます。
この記事では、放棄が認められなくなる可能性のある行為と、判断に迷いやすい行動(葬儀費用・医療費・遺品整理・公共料金・生命保険・車など)を、一般的な傾向として整理します。
みなし単純承認とは
STEP 1みなし単純承認とは
相続が発生した後、相続人は次の3つから選べます。何も手続きをせず3か月が過ぎたり、相続財産に手を付けたりすると、自動的に「単純承認した」とみなされ、放棄や限定承認ができなくなります。これを「みなし単純承認」(自動的に相続を承認したことにされる制度)といいます。
📋 みなし単純承認になる3つのパターン
①相続財産の全部または一部を処分したとき(使う・売る・名義を変えるなど)
②相続を知った日から3か月(考える期間)を過ぎたとき
③放棄や限定承認をした後でも、相続財産を隠したり消費したりしたとき
放棄の期限は「相続を知った日から3か月」
この期間内に家庭裁判所への申し立てが必要です。過ぎると原則として放棄できなくなります。
⚠ 放棄したい場合は、何もしないのがいちばん安全
借金が多そうで放棄を検討しているなら、相続財産には一切手を付けないのが基本です。「ちょっとくらいなら」「葬儀費用だけなら」と動くと、後で放棄できなくなる可能性があります。動く前に、まず専門家に相談してください。
みなし単純承認に該当する可能性が高い行動5つ
STEP 2みなし単純承認に該当する可能性が高い行動5つ
まずは、判例や一般的な解釈で「みなし単純承認に該当する可能性が高い」とされている代表例から見ていきます。
①
故人の預金を引き出した・使った
ATMから少額でも引き出して生活費等に使う行為は、処分行為と評価される可能性があります。残高証明書を取得するだけの行為は、財産の状況を確認するためのもので、処分行為にはあたらないと考えられます。
②
故人名義の不動産・車を売却・名義変更した
所有権を動かす行為は、処分行為に該当する可能性が高いとされています。相続登記の申請も、放棄の意思があるなら避けてください。
③
故人の借金を、故人の財産から返済した
故人の口座から返済すれば、相続財産を処分したと評価される可能性があります。督促が来ても、放棄を考えているなら支払わないのが基本です。
④
形見分けで価値ある品を持ち帰った
貴金属・骨董品・高級時計・現金・有価証券など、経済的価値のあるものを持ち帰ると処分行為になりえます。
⑤
3か月の熟慮期間を過ぎてしまった
相続開始を知った日から3か月以内に家庭裁判所への申し立てが必要です。期限が迫っている場合は「考える期間の延長(熟慮期間の伸長)」を申し立てる手段もあります。
判断に迷いやすい行動
STEP 3判断に迷いやすい行動
ここからが本題です。日常的に発生して、ご相談がいちばん多いのが、判断に迷いやすい以下のような行動です。みなし単純承認に当てはまるかどうかは、金額や状況によって個別に判断されます。
以下は該当する可能性がある行動の例です。心当たりがあれば、自己判断せず、弁護士・司法書士にご相談ください。
📋 早見表|6つの行動と注意点
気になる項目を下のアコーディオンでタップすると、詳しい解説が開きます。
①
葬儀費用の支払い
常識的な範囲かどうかは裁判所が判断。過大な支出はリスク
②
医療費の精算・入院費の支払い
故人の財産から払うとリスク。立て替えても債務承認とみなされる可能性
③
遺品整理・形見分け
経済価値のあるもの(貴金属・通帳・車など)の処分はリスク
④
公共料金・携帯・サブスクの解約
未払い分を故人の口座から払うとリスク。解約に伴う返戻金の受け取りにも注意
⑤
生命保険金の受け取り
受取人の指定によって扱いが異なる(受取人が故人の場合は要注意)
⑥
車検切れの車・古い車
売却・廃車・名義変更は処分行為に該当する可能性
💡 共通の考え方|「誰のお金から払うか」がポイント
⚠ 故人のお金から払う
故人の預金・財産を使う→処分行為とされる可能性が高い
📋 相続人が立て替える
自分のお金から払う→相続財産には手を付けていない
葬儀費用・医療費・公共料金など、亡くなった後に発生する支払いは、この考え方が共通します。ただし、相続人として故人の借金を払うと「債務の承認」として相続を承認したとみなされる可能性もあります。立て替える場合も、事前に専門家にご相談ください。
①葬儀費用の支払いタップで詳細 ▼
いちばんご相談が多いのが、葬儀費用です。亡くなったらすぐ払わざるをえない費用なので、放棄を考える前に支払っている方がほとんどです。
📋 判例上の傾向
身分相応の葬儀費用(故人の生活水準として常識的な範囲)を支払うこと自体は、処分行為に当たらないとされた裁判例があります。葬儀は社会的儀礼として避けがたく、身分相応の範囲なら相続財産を消費したとは評価されない、という考え方です。
ただし「常識的な範囲かどうか」は、故人の暮らし向きや地域の慣習などを踏まえて、家庭裁判所が個別に判断します。常識的な範囲を超えていると判断された場合は、処分行為(財産を使う行為)にあたる可能性があります。
⚠ みなし単純承認に該当する可能性が高い行動
・故人の預金から、相場を超える高額な葬儀費用を支出
・過大な戒名料・お布施・引出物・式場費
・互助会の積立金を解約して受け取る(積立金は相続財産扱いの可能性)
💬 ここに挙げた行動に心当たりがある場合や、これから対応するかどうか迷っている場合は、自己判断せず、弁護士・司法書士にご相談ください。当事務所では提携の司法書士・弁護士をご紹介できます。
②医療費の精算・入院費の支払いタップで詳細 ▼
病院から「精算してください」と請求が来ることがあります。これも、支払い方によって扱いが変わります。
📋 ポイントは「誰の財産から支払うか」
医療費は故人が生前に発生させた債務です。これを故人の預金から支払うと、相続財産を処分して債務を消滅させたことになり、処分行為に該当する可能性があります。
一方、相続人が自分のお金から立て替えて払う場合は、故人の財産には手を付けていないため、処分行為にはあたらないと考えられます。
ただし、相続人として故人の借金を弁済したと評価されると、「債務の承認」として相続を承認したとみなされる可能性があります。立て替える場合も、事前に弁護士・司法書士にご相談ください。
⚠ みなし単純承認に該当する可能性が高い行動
・故人の預金を引き出して医療費に充てる
・故人の口座から自動引き落としを放置(結果的に故人の財産で支払われる)
💬 ここに挙げた行動に心当たりがある場合や、これから対応するかどうか迷っている場合は、自己判断せず、弁護士・司法書士にご相談ください。当事務所では提携の司法書士・弁護士をご紹介できます。
③遺品整理・形見分けタップで詳細 ▼
「写真や手紙は持ち帰っていい?」「故人の服を捨てていい?」というご質問もよくいただきます。判例上、遺品の経済的価値で扱いが分かれます。
📋 判例上の傾向
経済的価値がほぼないもの(衣類・日用品・写真・手紙など)の処分は、相続財産を維持する行為として処分行為に当たらないとされる例があります。
一方、経済的価値のあるもの(貴金属・骨董品・高級時計・現金・通帳・有価証券・自動車など)を持ち帰る・売却する・廃棄する行為は、処分行為に該当する可能性があります。
⚠ みなし単純承認に該当する可能性が高い行動
・貴金属・宝飾品・骨董品・絵画・高級時計
・現金・通帳・有価証券・キャッシュカード
・故人のスマートフォン(中身に契約情報・電子マネー残高がある)は中身を触らずに保管
・遺品整理業者にまとめて処分を依頼する場合、業者が買取扱いにすると処分行為になりうる
💬 ここに挙げた行動に心当たりがある場合や、これから対応するかどうか迷っている場合は、自己判断せず、弁護士・司法書士にご相談ください。当事務所では提携の司法書士・弁護士をご紹介できます。
④公共料金・携帯電話・サブスクの解約タップで詳細 ▼
「電気・水道・ガスは止めていい?」「携帯電話を解約していい?」というご質問。これも、解約という行為自体と、料金の支払いを分けて考える必要があります。
📋 解約自体と支払いを分けて考える
公共料金・携帯電話・サブスクの解約手続きは、契約を終わらせる行為で、相続財産を直接動かすものではありません。一方、未払い料金を故人の口座から支払うと、相続財産に手を付けたと評価される可能性があります。解約自体の取り扱いも判断が分かれる場合があるため、迷ったら弁護士・司法書士にご相談ください。
⚠ みなし単純承認に該当する可能性が高い行動
・故人の口座から未払い分を支払う(残高に手を付ける)
・携帯電話の解約に伴う「機種代の残債」や「解約返戻金」の扱い(受け取ると処分行為の可能性)
💬 ここに挙げた行動に心当たりがある場合や、これから対応するかどうか迷っている場合は、自己判断せず、弁護士・司法書士にご相談ください。当事務所では提携の司法書士・弁護士をご紹介できます。
⑤生命保険金は受け取っても放棄できる?タップで詳細 ▼
「生命保険の死亡保険金は受け取ってしまったけど、放棄できる?」というご質問は、特に多い論点です。結論から言うと、受取人の指定の仕方で扱いが分かれます。
📋 受取人によって性質が変わる
生命保険の死亡保険金は、受取人が「相続人」や「特定の家族」など故人以外に指定されている場合、受取人固有の財産として扱われます。相続財産ではないので、受け取っても処分行為にはならず、放棄も可能というのが一般的な判例上の扱いです。
一方、受取人が故人本人に指定されていた場合(保険金が故人の遺産になる)は、相続財産として扱われ、受け取れば処分行為になりえます。
📋 確認すべきこと
・保険証券で「受取人」の指定を確認(受取人欄が誰になっているか)
・受取人が相続人など故人以外なら、受け取っても放棄できる可能性が高い
・受取人が故人本人になっている場合は、受け取る前に専門家に確認
⚠ ただし税金の扱いは別
生命保険金は、相続放棄をしても受け取れる場合があります。ただし相続税法上は「みなし相続財産」として課税対象になることがあります(非課税枠:500万円×法定相続人の数)。相続税の扱いは税理士の業務範囲です。
💬 受取人の指定がご自身か故人本人か分からない場合や、解約返戻金がある保険の扱いに迷う場合は、自己判断せず、弁護士・司法書士にご相談ください。当事務所では提携の司法書士・弁護士をご紹介できます。
⑥車検切れの車・古い車をどうするかタップで詳細 ▼
「車検切れで動かない車があるけど、廃車にしていい?」というご質問。車は経済的価値があるため、慎重に扱う必要があります。
📋 廃車・売却は処分行為
車は法律上の動産で、売却・廃車(解体登録)はいずれも所有権を動かす行為のため、処分行為に該当する可能性が高いとされています。値段が付かないように見える古い車でも、業者によっては買取になる場合があり、買取代金を受け取れば処分行為と評価される可能性があります。
車検切れで動かない場合も、所有していること自体は処分行為ではありません。そのまま保管しておくのが安全。
⚠ みなし単純承認に該当する可能性が高い行動
・業者に売却・廃車を依頼して買取代金を受け取る
・名義変更して相続人や家族の名義にする
・故人の口座から自動車税・保険料を支払う
💬 ここに挙げた行動に心当たりがある場合や、これから対応するかどうか迷っている場合は、自己判断せず、弁護士・司法書士にご相談ください。当事務所では提携の司法書士・弁護士をご紹介できます。
もしやってしまったかもと気づいたら
STEP 4もし「やってしまったかも」と気づいたら
「あ、もしかして、これってまずかったかも」と気づいたら、自己判断で結論を出さず、できるだけ早く専門家に相談してください。同じ行為でも、金額・状況・経緯によって判断が分かれます。
📋 まだ放棄できる可能性が残るケース
・支出が身分相応の範囲内だったと立証できる場合
・相続人の自己資金から立替えていたことを領収書で示せる場合
・3か月の期限が過ぎていても「相続財産があると知らなかった」事情が認められる場合
⚠ 個別判断は弁護士・司法書士へ
「自分のケースは大丈夫か」「もう手遅れか」の判定は、家庭裁判所への申し立てと併せて、弁護士または司法書士の業務になります。当事務所では、放棄手続き自体は提携の司法書士・弁護士をご紹介します。
当事務所でできること
当事務所でできること
こんなご相談をよくお受けしています。
・借金がありそうなので放棄を考えているが、何をしてよくて何がダメか分からない
・葬儀費用や医療費を払ってしまったが、まだ放棄できるか心配
・3か月の期限が近い・過ぎてしまったが、何とかならないか
家庭裁判所への放棄申し立て書類の作成自体は、司法書士・弁護士の業務です。当事務所では、財産・負債の調査、戸籍収集、相続人の確定、相続関係説明図の作成など、放棄を判断するための準備をサポートします。判断が難しいケースは提携の司法書士・弁護士をご紹介します。
🏛 行政書士(当事務所)
財産・負債の調査
戸籍収集・相続人の確定
相続関係説明図の作成
⚖ 司法書士・弁護士(ご紹介)
放棄申し立て書類の作成
家庭裁判所への申し立て
個別判断のご相談
📊 税理士(ご紹介)
生命保険金の課税
放棄後の相続税の扱い
「もう手遅れですか」というご相談をいただくたび、もう少し早く知っていれば、と思います。
葬儀費用、医療費、携帯の解約——どれも、放棄を意識する前にやってしまうのが当たり前の行動だからです。誰のせいでもありません。
大切なのは、「やってしまったかも」と気づいた段階で、自己判断せずに相談することです。
状況によっては、まだ放棄できる可能性が残っています。
迷ったら、まずお気軽にご連絡ください。判断が難しい場合は、提携の司法書士・弁護士へつなぎます。
行政書士髙橋 大輔
まとめ
まとめ
原則
放棄を考えているなら、相続財産には一切手を付けない
「ちょっとくらい」が放棄の資格を失わせる原因に
支払い
の方法
故人の財産から支払うと処分行為に該当する可能性。立て替えても債務承認とみなされる可能性
医療費・公共料金・葬儀費用は、対応に迷ったら専門家へ
期限
相続を知った日から3か月以内に家庭裁判所へ申し立て
間に合わない場合は考える期間の延長(熟慮期間の伸長)を申し立てる手段も
【免責事項】本記事は一般的な情報提供を目的としており、法的助言を提供するものではありません。個別の事情により判断が異なります。具体的な判断・家庭裁判所への申し立ては司法書士・弁護士にご相談ください。判例・条文の解釈は記事作成時点のものです。